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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)13号 判決

原告 篠田順一郎

被告 目黒税務署長

訴訟代理人 小川英長外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

被告が原告に対し昭和三八年五月一八日付でした原告の昭和三五年所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定のうち東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分ならびに原告の昭和三六年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定のうちの確定申告額をこえる部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決。

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告主張の請求原因

原告は、昭和三五年分所得税につき総所得金額二七〇万五、二三八円、税額二五万四、一三三円と、また、昭和三六年分所得税につき総所得金額四三五万三、七三五円、税額四六万三、八八四円と各確定申告したところ、被告は、原告が大和証券株式会社の雷門支店及び五反田支店において昭和三五年中に行なつた別紙一記載の株式の取引による所得は、昭和三六年法律第三五号による改正前の所得税法九条一項一〇の号雑所得に該当し、同法六条五号の有価証券の譲渡による所得を非課税とする旨の規定は、当該有価証券の譲渡による所得が九条一項八号に規定する譲渡所得に該当する場合にのみ適用があるのであつて、同項四号又は一〇号に規定する事業所得又は雑所得に該当する場合には適用がなく、また、右改正後の所得税法六号イの継続して有価証券を売買することによつて生ずる所得を非課税としない旨の規定は、原告が昭和三六年三月末日までに同証券会社において行なつた別紙二記載の株式の取引にも適用があり、該取引による所得は同法九条一項一〇号の雑所得に該当するとの見解のもとに、昭和三八年五月一八日付で、昭和三五年分の総所得金額を七五八万四、一四〇円、税額を二四二万七、七八〇円と更正するとともに、過少申告加算税一〇万八、六五〇円の賦課決定をなし、また、昭和三六年分についても、その総所得金額を四八三万七、一九三円、税額を六七万六、〇八〇円と更正するとともに、過少申告加算税一万六〇〇円の賦課決定をなし、その後、昭和三五年分の更正処分及び賦課決定については、東京国税局長の審査裁決によつて、総所得金額は六八七万七、八四〇円、税額は二〇七万四、四〇〇円、過少申告加算税額は九万一、〇〇〇円とそれぞれ減額された。

しかし、前記改正前の所得税法六条五号が有価証券の譲渡による所得については所得税を課さないと規定しているのは、申告納税制度のもとにおいては、右所得を正確に把握して租税負担の公平を期することが極めて困難であるということと、株式の流通による資本の調達を容易にしてわが国経済の復興とその成長に寄与せんとする趣旨に出たものであるから、同法条のもとはにいては、原告の前記各年分の株式の取引のごとくたとえ営利の目的をもつてする維続的のものであつても、課税の対象となり得ないと解すべきである。殊に、前記改正後の所得税法六条六号イの規定は、昭和三六年四月一日より施行されたものであるから、被告がこれを原告の同年三月末日までの株式の取引に適用したことは、法律不遡及の原則に反するのみならず、右規定は、同条一一号が投資信託による所得を非課税としていることと均衡を失し、憲法一四条一項に違反して無効であるというべきである。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実はすべて認めるが、その法律上の主張は争う。

およそ、有価証券の譲渡による所得には、その性質上、一時的ないし臨時的取引から生ずるいわゆる譲渡所得と営利を目的とする継続的取引から生ずるいわゆる事業所得(当該取引が事業として行なわれている場合の所得)又は雑所得(当該取引が事業と認められる程度に至らない場合の所得)とがあり、昭和三六年法律第三五号による改正前の所得税法六条五号の規定は、性質上譲渡所得に該当すると認められるもののみについてそれを非課税としたにすぎないのであつて、性質上雑所得に該当すると認められるものは、同法九条一〇号所定の雑所得として課税を免がれないというべきである(昭和二八年一二月二六日直所一-八八号及び直所五-三四号各通達参照)。また、右改正後の所得税法が、昭和三六年分の所得について適用されることは、同法附則二項の明定するところであるばかりでなく、同法六条六号イは、前叙のごとき従前の解釈、取扱いを確認したにすぎない規定であるから、それが原告の昭和三六年分株式の取引に適用されたからといつて、違法でないことはいうまでもない。なお、憲法一四条一項は、合理的な理由による差別的取扱いを禁止するものではないから、右改正後の所得税法六条六号イの規定が憲法一四条一項に違反するとはいえない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告主張の請求原因事実は、すべて、被告の認めて争わないところである。

おもうに、昭和三六年法律第三五号による改正前の所得税法六条五号は、「第九条第一項第八号に規定する所得のうち、有価証券………の譲渡に困るもの」については、所得税を課さない、と規定しているが、同法九条一項八号に規定する所得とは、資産の譲渡による所得(譲渡所得)を指し、それが「地上権の設定その他の契約により他人をして不動産を長期間使用させる場合のうちで命令で定める場合においてその対価として一時に取得する所得を含み、前号に規定する所得(山林所得)及び営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除く」ものであることは、同条号がその括弧書きとして明定するところであり、また、資産とは、もともと負債に対する概念であつて、株式のごとき有価証券がこれに含まれることも、疑いを容れないところである。したがつて、有価証券の譲渡による所得であつても、その譲渡が営利を目的とする継続的取引と認められる場合には、法九条一項八号に規定する譲渡所得から除外されるものであつて、同条号に規定する譲渡所得のうち同法六条五号の規定により非課税とされる所得とは営利を目的とする継続的行為と認められる取引以外の取引から生ずるものにかぎられると解すべきである。もつとも、前叙のごとく、法九条一項八号は、譲渡所得に含まれる一時的ないし臨時的所得として、不動産の賃貸借等における権利金を掲げるにとどまり営利を目的とする継続的行為と認められる取引以外の有価証券の取引から生ずる所得を掲げていないけれどもそれは、問題のある権利金につき、そのうち特に命令で定める場合に該当するものの所得を譲渡所得に含ましめる旨を規定したにとどまり、元来譲渡所得が資産の一時的ないし臨時的な譲渡によつて生ずる所得を意味し、しかも、同条号が譲渡所得から除外される、べき所得を包括的、概括的に明示している以上、右の一事をもつて、前叙のごとく法六条五号の規定によつて非課税とされる有価証券の譲渡による所得が営利を目的とする継続的行為と認められる取引以外の取引から生ずるものにかぎられると解することを妨げる根拠とはなし得ないというべきである。また、原告は、法が有価証券の譲渡による所得を非課税とした理由が、個人の有価証券の譲渡による所得の把握は実際上極めて困難であるという課税技術上の問題と有価証券の流通を促進して資本の蓄積に資するにあることを挙示して、有価証券の譲渡による所得は、本件のごとく営利を目的とする継続的行為と認められる取引から生ずるものであつても、すべて一課税の対象となり得ないと主張するけれども、かかる理由から、取引の目的、〇様等の如何を問わず、有価証巻の譲渡による所得のすべてを非課税とするかどうかは、所詮、立法政策に属する問題であつて、法九条一項八号の文書が前叙のとおりであつてみれば、右の主張は、たとえそれが雑所得に該当する場合のみについて立言する趣旨であるとしても、到底許されないものというべきである。

そして、また、昭和三六年法律第三五号による改正後の所得税法が昭和三六年分の所得について適用されることは、同法附則二項の明定するところであるばかりでなく、同法六条六号イは、前叙のごとき従前の解釈、取扱いを確認したにすぎない規定であるから、それが原告の昭和三六年分の株式の取引に適用されたからといつて違法でないことはいうまでもない。

また、憲法一四条一項は、合理的な理由による差,別的取扱いを禁止するものではないから、前記改正後の所得税法六条六号イの規定が継続して有価証券を売買することによる所得を非課税としないことが、同条一一号の投資信託による所得を非課税としたことと比較して、いかなる事情で合理的な理由を欠く差別的取扱いであるかを具体的に指摘しないで、ただ慢然と右六条六号イの規定が憲法一四条一項に違反するという原告の主張は、違法の主張として、不適法であり、採用の限りでないというべきである。

されば、本件各課税処分には原告主張のごとき瑕疵はなく、その取消しを求める原告の請求は、いずれも理由がないので、棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

別紙一、二〈省略〉

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